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東京高等裁判所 平成8年(う)1022号 判決 1996年10月14日

本籍

栃木県鹿沼市酒野谷七九五番地

住居

埼玉県草加市高砂一丁目一二番三七号

職業

会社役員 津吹福壽

昭和二二年一月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成八年三月二六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官中島浩出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一三〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小栁晃名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官中島浩名義の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、本件取引は、被告人が行ったものではなく、商品取引外務員が、取引の名義人及び名義会社から、予め包括的に委任を受けた上で、これらの者の名義及び計算において行ったものであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、原判決が挙示する各証拠によれば、本件商品先物取引は、いずれも、被告人がその意思と計算に基づいて行ったものであることが明らかであって、原判決に事実の誤認はない。その根拠となる主要な事情を指摘すると、次のとおりである。

(1)  山種物産株式会社(以下「山種物産」という)は、名義人加藤晃及び名義会社八社の名義で本件取引を委託されていた。そして、同社に対する取引の注文のうち、名義会社の名義による一回目のものは、当該名義会社の代表取締役らから伝えられたことがあったが、そのほかの多数回にわたる名義人及び名義会社の注文は、全て被告人からされていた。また、利益金等の金員の授受は、被告人の指示により、被告人の経営する株式会社寿地建設(以下「寿地建設」という)の事務所において、被告人やその命を受けた同社の従業員が行っており、委託証拠金が不足した際にも、被告人の指示により、他の名義人や名義会社の口座の余剰資金がこれに振り替えられることがあった。他方、三井物産フューチャーズ株式会社(以下「フューチャーズ社」という)は、名義人伊藤博文こと伊藤一及び名義会社のうち有限会社エース商事の名義での本件取引を委託されていたが、同社に対する取引の注文は、全て被告人からされており、その利益金や委託証拠金等の金員の授受も、被告人の指示により、寿地建設の事務所において、被告人との間で行われていた。

(2)  名義人加藤晃は、被告人の甥であるが、同人は、本件取引前の平成元年一一月ころ、被告人の依頼に応じて、被告人が山種物産で先物取引を行う際に自分の名前を使用することを承諾し、山種物産との間で交わされる先物取引関係書類に署名をした。他方、名義人伊藤一は、被告人の下で働いていたものであるが、右と同じころ、被告人の指示に従い、フューチャーズ社との間で交わされる先物取引関係書類に、自己の通称である伊藤博文の署名をした。加藤晃も伊藤一も、それ以降、自分自身で先物取引をしたことは一度もなかった。

(3)  名義会社は、被告人が出資して設立し(後二社を除く六社)、あるいは伊藤に出資を指示して設立させ(株式会社東興産)、あるいは第三者による設立後に被告人が買い受けたもの(有限会社パイオニア企画)であり、その登記簿上の代表取締役は、いずれも名目的なものにすぎず、代表者印等は全て被告人が寿地建設の事務所内の金庫に入れて厳重に保管していて、各代表取締役といえども自由に使用することができなかった。また、名義会社は、いずれも、従業員がなく、事業活動も行っておらず、法人独自の資金の管理運用もしていない名目だけの会社であった。そして、名義会社宛てに郵送された本件取引に関する書類は、被告人の指示により、全て、未開封のまま、寿地建設の事務所に届けられており、本件取引の利益金等は、受領後、全て、被告人が排他的に管理していた。

以上の事実によれば、名義人及び名義会社の名義による本件取引は、いずれも、被告人が自己の意思と計算において行った借名取引であり、本件取引から生じた商品取引益の帰属主体は、被告人自身であるというほかはない。

なお、所論は、山種物産及びフューチャーズ社の関係者、名義人、名義会社及び寿地建設の関係者の各供述は、いずれも信用できないと主張するが、これらの者の供述内容は、詳細で自然かつ合理的であり、かつ、本件の状況、取引益の管理状況、名義会社の実態等の重要部分、さらには本件後の罪証隠滅工作に至るまで一致し、関係書類の記載内容にも符合しており、高い信用性が認められる。

以上のとおりであり、論旨は理由がないから、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一三〇日を原判決の懲役刑に算入することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 佐藤公美 裁判官 坂井満)

平成八年(う)第一〇二二号

控訴趣意書

被告人 津吹福寿

右被告人に対する所得税法違反被告事件についての、弁護人の控訴の趣旨は、次のとおりである。

平成八年八月一日

弁護人弁護士 小栁晃

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

原判決には、以下に指摘するとおり、その結論に影響することが明らかな事実誤認があるので、破棄を求める。

一 原判決は、

『東京工業品取引所に上場されている金、白金等の商品先物取引』即ち『本件取引』は、被告人以外の名義が用いられていても、『被告人がその意思・計算に基づき行ったものである』と認定している(原判決書一四枚目表)。

しかし、原判決の言う本件取引は、山種物産株式会社の外務員であった藤畑繁成が加藤晃、伊藤博文こと伊藤一、有限会社エース商事その他原判決の掲げる会社(以下、これらの者を「取引名義人」と総称する。)から、予め包括的に委任を受けた上で(と言う意味は、先物取引の《売り》《買い》について取引名義人から個別注文を受けないで、自己が一任された裁量の範囲内で)、取引名義人の名義及び計算において行ったものである。

原判決は、右の点を誤認している。

二 前項の後段に述べたことは、

<1> 原審で取り調べた『商品先物取引売買益調査書』(甲第三号証)に記録されている商品先物取引の《頻度》が外務員にして漸く行い得ることであって、被告人のごとき素人には到底できないこと

<2> 藤畑繁成は、山種物産株式会社から自己の歩合給として、

平成元年は、 九三六万八五六八円

平成二年は、 九三七九万六二三六円

平成三年は、一億〇一九三万九七一八円

平成四年は、一億四四二五万三五六〇円

平成五年は、 一億一一九六万〇〇七三円

の収入を得ていたが、そのうち平成二年度の収入の約六割、平成三年度から平成五年度までの収入の約七割は冒頭の商品先物取引による歩合給であったこと(甲第八号証の第四項)

<3> もし、取引名義人が名実ともに行った商品先物取引であったならば、それによる益金が生じた直後に取引名義人により益金が山種物産株式会社から引き出されて然るべきであるのに、実際は、そうなっていないこと

<4> いわゆる「湾岸戦争」の偶発により商品先物取引の相場が激変し、前述の取引名義人らは合計すると『一億五、六千万円』もの《追い証》を提供する必要に迫られる事態が生じ、最悪の場合は、それと同額を藤畑繁成自身が(取引名義人らに代わって)山種物産に対して補填しなければならない立場にあったこと(原審における藤畑の証言、速記録一三枚目表及び四〇枚目表~裏)

<5> 各取引名義人の間で山種物産株式会社に預託した《委託証拠金》を振替え流用し得たのも、前項の後段に記載した事実を前提にすれば容易に実行できること

<6> 山種物産が国税当局の調査を受けた際に(後述)、右の取引名義人(有限会社エース商事その他)の『利益が大き過ぎ』『(山種物産の)他のお客さんが利益を得ていないのに君(藤畑)の担当だけが利益を得ている』事実が国税当局から指摘され、国税当局から『(有限会社エース商事等が)山種物産のダミーでないか』と疑われる場面もあったこと(原審における藤畑の証言、速記録三七枚目表。ただし、傍線は引用者による。)これらの事実により容易に是認し得る。

藤畑は、被告人の注文に従い、被告人の計算に基づいて、本件取引が行われたと強調しているが、それは藤畑が立場上そう言わざるを得ないだけのことであって、右<1>から<6>までの各事実と対比すると、藤畑が強調する点は信じることができない。

三 もっとも、藤畑繁成は、右の商品先物取引による益金が生じた場合に、それを自ら取得することをしないで、同人が個別に注文を受けたように装った名義人に帰属すべきものと扱っている。

藤畑としては、迂闊に商品先物取引の益金を自己に帰属すべきものとすると、逆に損金が生じた場合にその損失を自己が被らなければならない事態に陥るので、上述の歩合給を以て満足することにしたものと思われる。歩合給のみで年収一億円を超えるのであるから、無理のない選択であった。

原審において関口惠規証人(山種物産の元副社長)が

山種物産が国税当局の調査を受けたのを契機にして、関口証人が藤畑繁成外一名に対して、国税当局が「商品先物取引の裏に津吹氏(被告人)がいる」と言っているが、『どうなんだ』と何回も聞いたが、藤畑らは『そんなことはありません』「名義人の取引である」と関口に対し返答した旨(関口の速記録六枚目裏)

及び

『借名であるというのは国税が言い出したことで、ですから、国税調査の前までは借名なんてこと一切気にせずにと言いますか、疑問もなく(名義人である有限会社エース商事等と)取引をしてました……』(関口の速記録七枚目裏)

と証言したことからも、その一端を窺うことができる。

四 右の状況にあったところへ、平成六年三月、山種物産が国税当局の調査を受ける事態が生じた。

調査の結果、

有限会社エース商事等が『山種物産のダミーじゃないか』(原審における藤畑の証言、速記録三七枚目表)『山種が客をもうけさせている、山種が(有限会社エース商事等の)裏で関与しているとかなんとか表現ちょっと正確じゃないですが、裏に山種がいるということは国税は盛んに言っていました』(原審における関口の証言、速記録五枚目裏)

との疑問が生じ、山種物産の側では、その対応に苦慮することになった。

山種物産の側は、国税当局の調査を受ける前は、

『借名であるというのは国税が言い出したことで、ですから、国税調査の前までは借名なんてこと一切気にせずにと言いますか、疑問もなく(名義人である有限会社エース商事等と)取引をしてました……』(関口の前掲証言)

しかし、

『結局各法人(有限会社エース商事等)の利益というふうにしていくためには、その法人各社の代表の方がはっきりと相場を認識しているということではございませんので、その辺の絡みがありました』ため、(裏に山種物産が関与していない、とすれば)被告人がそれらの法人の名義を借りて山種物産と商品 先物取引を行っている、との見方が国税当局に浮上することになった(原審における藤畑の証言、速記録五枚目裏)

のである。

五 原審における藤畑繁成の証言によれば、

(同人は、逮捕直後の取り調べに際して)最初は取りあえず名義各社の商いであるということを一応話しておりました。

けれども、

各社代表の方がすべて自分のものでないと、拒否しているということを取調官にお聞きしまして、それでその日(平成七年二月五日)から供述を変えております。……

(前略)その方々が自分のものでないということをはっきりと供述しているならば私もうそをついたことになりますので、そういうことで一応供述してあります。

とのことである。(速記録二枚目表~裏)

藤畑にとっては、取引名義人らにより商品先物取引が頻回に行われたように装い、それにより自己の歩合給が得られれば、それで満足していたのであるから、商品先物取引による益金が生じた場合の帰属先が何者であるかについて藤畑自身が拘泥する必要がなかったわけである。

その意味において、藤畑が逮捕された後に、上述の経緯で、捜査当局に対し、問題の商品先物取引は実際は被告人が行っていた旨を供述しているのを重視すべきではない。

原審における藤畑の同種の供述についても同様である。

六 第一項後段の事実を前提にすれば、本件取引の名義人(法人の場合は、その代表者)が「商品先物取引の相場」を認識していないのは、何ら怪しむに足りないことである。

又、商品先物取引により益金が生じた場合について取引名義人の間で事前に何の申し合わせもなく、その益金の運用方法について漠然と「グループ会社間で共用する」程度の認識しか持ち得なかったとしても無理からぬことである。

七 しかも、取引名義人中の「有限会社エース商事」及び「有限会社ジーアイ」の代表者である石井信治の例のように、取引名義人(の代表者)は、

勝栄建設という会社から二〇億円の損害賠償金の支払を請求する訴えを提起され(同人の速記録四一枚目表。同人を含めて三六名がその請求を受けたと言う。)、

検察庁で取り調べを受けた際にも、

『勝栄建設等から告訴されているよ』

と告げられて、その件で取り調べを受けた直後に、本件被告事件に関する取り調べを受けたこと

が窺われる。(原審記録中の石井信治の速記録四五枚目裏~四六枚目表)

取引名義人らは、益金が現実に自己の支配下にない時期(=国税当局により差押えられた後)において、しかも、勝栄建設等の告訴に係る嫌疑を受ける状態の下で本件被告事件の取り調べを受けたのであり、商品先物取引による益金が自己(又は自己が代表する法人)に帰属する旨を主張しても何ら自己(当該法人)を益するところがないばかりか、逆に、その益金が自己(法人)に帰属すると主張することが取り調べにあたる検察官の意に反する結果になることを承知して、「商品先物取引は、被告人が行ったものだ」「その益金は被告人に帰属する」と供述しているのである。

従って、取引名義人らの右供述をそのまま信用することはできない。

八 原判決は、

(本件取引の関係者の)『各供述は、本件取引の状況、取引益の管理状況、名義会社の実態、罪証隠滅工作等の重要部分においてことごとく一致し、相互に矛盾なく高度の整合性を保っている』

と言う(原判決書一二枚目裏)。

しかし、

ア 第六項に述べたとおり、本件取引名義人(名義会社を含む。)が「本件取引の状況」及び「取引益の管理状況」について漠然としか認識していなかった実情の下で、前項の事情があったことを顧慮するならば、取調官の暗示に順応して「一致した供述調書」が作成されただけのことだと考えれば説明のつくことである。

イ 例えば、伊藤一の供述調書(甲第三一号証の第二頁~第三頁)には、

『 エース商事で金(きん)〇〇枚売り又は買い

飯島で金(きん)〇〇枚売り又は買い

伊藤で金(きん)〇〇枚売り又は買い

加藤で金(きん)〇〇枚売り又は買い

などと言って〔被告人が山種物産に〕注文を出しているのを何回も見ました』との記載がある。しかし、その時期は(前後の文脈から判断して)「平成元年一一月から翌年一月前後ころにけやきマンション一階に第一事務所を借りるようになるまでの間」(同供述調書第一五頁)を指すものと解釈される。

従って、本件で問われている平成三年から平成五年までの出来事を述べたものではない。

伊藤の供述調書を含め、他の関係者の供述調書においても、

『商品先物取引売買益調査書』(甲第三号証)に記載された先物取引のどの部分について被告人が注文したと言うのか

を具体的に説明したものは原審において調べた証拠中に何もない。

ウ 原判決は「名義会社の実態」を云々するが、指摘されるとおりの実態に過ぎない会社は世間に無数にあることは、公知の事実である。

そして、そのような会社と山種物産の藤畑繁成の間に第一項後段に述べた趣旨の「包括的委任」が行われたことも何ら奇異のことではない。

エ さらに、原判決は、被告人の「罪証隠滅工作」を云々するが、「被告人が本件取引を行った」との予断を持つから、《罪証隠滅工作》に見えるのに過ぎない。

被告人の言うとおり、本件取引が名義人のために行われたものだ、との認識に立つならば、同じ事実が《罪証隠滅工作》どころか、被告人が関係者に「事実をありのまま述べよ」「自分達が取引当事者であることをしっかり認識し、誤解を招くことのないように」と注意を喚起しただけのことであることが明瞭になる。

九 さらに、原判決(一二枚目裏)は、

<1> 加藤晃と株式会社ダイコー代表取締役津吹福壽の間に、加藤晃が本件取引とは無関係であると認める趣旨の覚書が作成されていること

<2> 伊藤博文(本名、伊藤一)がフューチャーズ社に宛てた通知書に「被告人の自宅の電話番号」が伊藤の電話番号として記載されていること

<3> 東京国税局が第二事務所を捜索した際に、各名義会社の社印・社判を押収されたこと

を指摘し、これらの事実と対比すると、本件取引関係者の供述調書の記載は信用するに足りると判断して良い、とも説明している。

しかし、

右<1>は、加藤晃の家庭事情(同人が妻に内緒で商品先物取引を行っていたことが妻に発覚し、夫婦喧嘩になった)のを収拾する手段として作成されたものであるから(原審における被告人質問、平成七年七月一四日『速記録』五〇枚目表以下を参照。)、その作成目的に照らして考えると、被告人が(株式会社ダイコーの代表取締役としての立場で調印したものであれ)「加藤晃が本件取引とは無関係である」と認定し得る根拠となるものではない。

右<2>は、『当時、私〔伊藤一〕は、津吹社長の自宅を事務所として二人で不動産売買の仲介等を行っていたので、ほとんど毎日津吹社長の自宅に行っていたのです…(以下引用省略)』と伊藤自身が認めているのであるから(原審で取り調べた同人の供述調書、甲第三一号証の第二頁)、その通知書に伊藤の連絡先として被告人の自宅の電話番号(=伊藤が昼間滞在する事務所と同じ。)を書いたことは何ら奇異のことではない。

右の次第であるから、この電話番号の記載から、本件取引が被告人の意思と計算において行われたと認定すべき根拠になるものではない。

右<3>は、被告人が国税局の担当係官に釈明のため会談する約束があり、その機会に実情を説明する都合上、これらの社印・社判を第二事務所に集めて置いたところ、押収されたものであって、普段からこれらの社印・社判が常時そこに保管されていたわけでない。

(『商品先物取引売買益調査書』甲第三号証の第三四〇頁のNo一二一及び一二二の記載によれば、名義会社中「レディースカンパニー」の丸印及びゴム印は福田眞姫こと金眞姫の居宅で差し押さえられている。

一〇 原判決が

「本件取引は被告人がその意思・計算に基づき行ったものである」

と認定した点については、上述したとおり、果たしてそう断定し得るかどうか疑問を残すものである。

以上

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